色とりどりの夢―シューマン「トロイメライ」解読1
『子供の情景』の第7曲があの「トロイメライ」である。4小節のフレーズを繰り返すだけの曲である。だからオルゴールなんかにもよく使われる。実は、これ、シューマンの基本的スタイルでもあり、彼は、ショパンのように、息の長い旋律を書くのを得意としなかった。そこでどうするか。
「トロイメライ」は24小節の小品だが、4小節の旋律が6回、虹のように立ち上がり、弧を描くようにして、消えていく。4×6=24で、ぴったり。同一フレーズを反復(リピートを入れると8回)するだけというきわだったシンプルさが、音楽を単調さに陥らせるのは容易に想像がつく。だからこそ、音楽を面白くし、興味を持続させるための工夫が総動員されるはずなのである。
おそらくはそこに名曲のゆえんがあるのだろう。
同じメロディをただ繰り返していえば、当然、飽きてしまう。音楽を退屈から救う対策1が「転調」といえるだろう。もっと正確にいえば、「調の揺れ」である。「トロイメライ」の場合、ヘ長調を中心に、いろんな調をさまよう。
まず長調と短調の揺らぎがあるが、これは音楽を「明」「暗」に対比づける。同じ長調でも、5度上の♯方向は「緊張・高揚」、5度下の♭方向は「弛緩・落ち着き」といった変化をもたらす。そしてこれらが組み合わされもする。
「トロイメライ」ではこうした近親調をさまよい、遍歴して、曲を単調さから救うのである。調の彷徨はまた心の揺れでもあるのだろう。下の譜例では、上図と同じく、長調を暖色系に、短調を寒色系で表してみた。
なお終止の前のハ長調っぽいところは、和声学ではハ長調への「転調」とはとらない。あくまでも、G・H・D・Fはヘ長調のドミナントC・E・Gを確立するための和音(ドッペルドミナント)なのである。いずれにしても「トロイメライ」では別の調へ完全に移るというより、あくまでも主調であるヘ長調を中心に移ろう傾向が強い。あくまでもわたしの内面で起きるさざ波のように。
この曲の味わいは、このようにたゆとう調と、それゆえの色彩の変化にあるのだろう。「トロイメライ」は「夢想」といった意味だが、それは色とりどりの夢だった。