そのうち、わかるはず―60年代のボブ・ディラン5

『追憶のハイウェイ61』に続く第7アルバムは『ブロンド・オン・ブロンド』だった。ディランの代表作とも称せられる。2枚組アルバムであり、ビートルズの『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』(1968年)、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの『エレクトリック・レディ・ランド』(1968年)、ザ・フーの『トミー』(1969年)など、ダブル・アルバムの流行?を生んだりもした。

アルバムは「剛」に徹していた『追憶のハイウェイ61』に対して、いくぶん「軟」に傾いたかに見える。『ブロンド・オン・ブロンド』ではサビつきの曲が全14曲中4曲ある。B面1曲目「アイ・ウォント・ユー」、C面3曲目「アブソリュート・スィート・マリー」、それにB面4曲目「女の如く」ではリフレインにさらにサビが加わるという未来志向的な、凝った作りである。C面2曲目「時にはアキレスのように」ではブルース形式にサビが挿入される。

「サビ」(英語では「コーラス chorus」「ブリッジ bridge」、あるいは「ミドル middle」)とは転調を経てヴァースとは別の旋律で歌い上げる部分である。楽曲に音楽的側面と歌詞の側面があるとしたら、サビは前者の「面白さ」に寄与する、もうちょっといえば、サビがあることで、よりポップになる。最初期のビートルズはすでにこのことに気づいており、「サビつき」の形式にこだわった。しかしもっぱら歌詞を重視するブルースやフォークにはそぐわない。サビの起源はヨーロッパ起源の西洋音楽であり、アメリカでスタンダード、それにポップスに受け継がれた。『ブロンド・オン・ブロンド』でサビつき形式が増えたということは、単純化していえば、言葉中心からいっそう音楽的興味が広がったといえよう。

『ブロンド・オン・ブロンド』ではギンギンのブルースから洗練された形式に至るまで、多彩化が見られる。「軟化」といわれるゆえんであるが、もうひとつの側面は、歌詞に女性の登場が多くなったことである。タイトルだけでも「雨の日の女」「ジョアンナのヴィジョン」「女の如く」「アブソリュートリー・スウィート・マリー」といった具合である。相変わらず難解な詩だが「恋」がほのめかされたりもするようだ。

物議を醸したのは「雨の日の女」だった。繰り返されるフレーズ「みんな石を投げられるべき Everybody must get stoned」の「stoned」はマリファナでハイになることを意味し、「ドラッグ・ソング」だと決めつけられた。カーニバル的などんちゃん騒ぎに、ブルース・コードが延々と繰り返されるだけの音楽である。トランス状態を醸し出すようなサウンドがその証左だと。

とはいえ、さまざまな解釈が絶えない。旧約聖書が引き合いに出されたり、転向したディランへの攻撃だとか、石投げの対象は黒人だということで、公民権運動と結びつけられもした。

だが、やはり『新約聖書』の有名な件(『ヨハネによる福音書』第8章1節-11節)が連想される。イエス・キリストのもとに罪ある女が引っ張り出された。「女は石打の刑に値する」。するとイエスは応えた「この中で罪を犯したことのない者だけが石を投げなさい」。群衆はすごすごと立ち去った、というのである。

レンブラント『キリストと姦淫の女』(1644年)

これは、明らかに、地上に神など存在しないという意味だろう。たとえば民衆が祭り上げるスターは神などではない。アイドルを神に仕立て上げたがるファンも同じだ。誰もが時には罪を犯す人間なのである。だからもし罪ゆえに石が投げられるべきならば、わたしも、あなたも、みんな同じで、誰も逃れられない。スターとファンの区別もない。誰もがただの人間だ。アクセントが置かれるべきは「石を投げられる(ヤクをやる) stoned」より「みんな everybody 」なのである。

「だれも石を投げられない」=「すべての人が罪ある存在として、すねに傷もつ人間である」「人間は人間であり、神ではない」。これが「雨の日の女」のテーマではなかったか。ディランがフォークから転向した根本的理由だったろう。

「スーン・オア・レイタ―(正確には One Of Us Must Know(Sooner Or Later))」ではこう歌われる。リフレインである。

でも 遅かれ早かれ 仲間の誰かが知るにちがいない
やるだろうなと思ったことを あんたはやっただけだったと
遅かれ早かれ 仲間の誰かが知るにちがい
どれだけ きみに近づこうとしたかを

フォークの旗手からロック・スターに変身したボブ・ディランの心のつぶやきだろうか。

『ブロンド・オン・ブロンド』の発表から2ヶ月以上すぎた1966年7月29日、ボブ・ディランはニューヨーク郊外でオートバイ事故を起こした。事故の程度は知られていない。ただ激変の時代を駆け抜けて、ディランは隠遁生活に入った。