究極の美 はユニゾン―フォーレ『レクイエム』より「サンクトゥス」
A:フォーレの『レクイエム』って、全く独自の世界ですね。
B:そうだねえ。でもそれって伝統へのこだわりから来てる、ともいえると思うんだ。
A:といいますと?
B:冒頭の四声の合唱の後、テンポが動き出して「永遠の安息を……」と歌うのは、テノールの合唱だけ。
20小節ほどの間、ほかのパートは沈黙だ。これって……
A:まるで、グレゴリオ聖歌ですね。
B:そのとおり。その旋律を見ると、ニ短調みたいなのに、ドはナチュラルで、エオリア調を思わせる。
ニ短調だったら、主音レへの導音として、ドはシャープするはずで……。
A:ちょ、ちょっと、難しいことはわかりませんが、ともかく古風な響きがするということですね。
B:そう。これは旋法とかモードとかいって、ドレミファソラシド以前の、グレゴリオ聖歌の音組織なんだなあ。
A:そうか! 男声をユニゾンで歌わせるのと、中世の音調で、完全にグレゴリオ聖歌の世界を再現してるわけですね。
B:グレゴリオ聖歌にはハーモニーはなかったわけで、あくまでも近代的な再現ということになるが。
実はこれはフォーレの同時代の一般的なスタイルでもあった。でも『レクイエム』だと、ばっちりはまるわけだ。
A:なるほど、名曲の誕生ですね。
B:しかしフォーレの美学がもっとも徹底したのは、サンクトウスかな。
A:い、一番好きなところです!
B:冒頭からソプラノの声部とテノールとバスのユニゾンがずーっと歌い交わしていくんだ。
二つの単旋律が呼びかけているようで、ハーモニーの豊かな響きをきかせようとはしない。
A:すごく単純な書法ですね。これもやはりグレゴリオ聖歌風?
B:だろうね。でもフォーレの美学も感じる。「ハーモニーがつかないユニゾンこそもっとも純粋で、美しい」。
だから「サンクトゥス(聖なるかな)」はユニゾンでなければならない……。
A:スコアはクライマックスのことろですね。やはり男声のユニゾンとソプラノだけ。クライマックスといっても
ティンパニの轟きはない。トランペットはホルンとユニゾンで控えめに参加するだけです。アルトは最後に
ちょこっと出るだけ。
B:この曲ではアルトはハーモニーをつけるためだけに使ったようだ。アルトはフォーレにとってはより「地上的」
「人間的」な声というイメージがあったのかもしれない。
A:そうか、それで神の聖性を讃えるサンクトスでは、より「天上的」なソプラノとグレゴリオ聖歌を思わせる男声の
ユニゾンを徹底して使ったんだ。
つまりこの合唱の書き方は、フォーレの宗教的なイメージの完璧な具現だったわけですね。
B:そこで聖なるものと美がひとつになる。まさにユニゾンは原点であり、究極だった。