クララにとってヨハネスとは?―アガーテをめぐるエピソードより

シューマン亡き後、クララはブラームスと親密な、しかし微妙な関係を続けていた。ブラームスはクララを熱烈に愛し、崇拝していたに違いないが、恩師の妻と結婚することはなかった。二人の関係は「愛の友情」とかいわれるが、クララの方はどうだったのだろう。昔、読んだガイリンガーの『ブラームス』で、興味深いエピソードがあった。

1858年、ブラームスはアガーテ・フォン・ジーボルトに急接近していた。彼女は魅力的な容姿と性格、そして音楽への深い理解をもっていたという。

アガーテは歌手でもあった。「事実、われわれは作品14、19、20に属する歌曲の大部分を、アガーテに対するブラームスの思慕と、彼女の素晴らしいソプラノに負っているのである」(ガイリンガー)。二人の婚約は間近だと考えられていたようだ。

その夏、避暑地で一緒にすごそうとクララがやってきた。ところが、遠足の時、ヨハネスの手がアガーテの腰に回っているのが彼女の目にとまった。何を思ったか、クララは直ちに荷物をまとめて帰ってしまったとか。後にブラームスはアガーテに「あなたを愛していますが、束縛されたくない」と書いた。これは事実上の破局を意味するだろう。

婚約は頓挫したけれど、ここから弦楽六重奏曲第2番作品36が生まれた。この曲が「アガーテ」と呼ばれるのは、第1楽章にアガーテ Agathe の音型 A-G-A-H-E(Tは音名にないので、なし)が繰り返し現れるからである。譜例で確認されたい。


ブラームスは「曲を書くことで、乗り越えた」とかいったそうだ。でもあのクララの不可思議な行動は何を意味するのだろう。