シューベルト 即興曲ハ短調のルーツ?―ベートーヴェン『第7』アレグレット
楽譜を眺めていると、いろいろなことが見えてくる。だから楽譜は面白い。「レモンの花咲く国へ」では歌曲から器楽曲を読み解いてみたが、器楽同士の影響関係も譜面から見えてくるように思える。
譜例上はベートヴェン交響曲7番の第2楽章アレグレット(1812年)。下はシューベルトの即興曲ハ短調D.899の第1曲アレグロ・モルト・モデラート(1827年)。二つはどこか似ていないか?
1)両方とも、突然、転調しいる。ベートーヴェンは調号なしのイ短調から、♯3つのイ長調へ。いわゆる同主張への古典的な転調である。一方、シューベルトはハ短調から♭がひとつ増える長調、変イ長調へ。こちらはロマン的な3度転調だが、両方とも「短調から長調」であることは同じ。
ちなみにベートーヴェンでは、譜例の前までほぼ100小節にもわたって、ゆるやかな行進曲風の変奏が続けられていた。そこに、突然、雰囲気が変わり、柔らかくも温かかいA管クラリネットのソロが現れる。その効果は絶大である。つまり調の変化だけでなく、楽器、つまり音色の変化も重要だということである。おそらくは『第7』最大の聴きどころのひとつだろうが、わたしなど、ここのためにイ長調という調性が選ばれたのではないかと思ったりしてしまう。
2)リズムの変化。シューベルトの方は左手に三連符が現れるので、前の部分との違いは歴然としてる。しかしベートーヴェンの第1ヴァイオリンをご覧いただきたい。やはりそれまでになかった三連リズムが現れる。
要するに、二つの要素の相乗効果として、突然、明るくなり、足どりが軽くなる。光りの世界へ旅立つように。シューベルトが圧倒的な感銘を受けたに違いないのは、ほかならぬこの「効果」だったのだろう。実際の演奏で確認しておこう(ベートーヴェンは譜例の少し前から)。
なぜならシューベルトは、さまざまな曲で、似たような効果を追求しているのだから。即興曲は『第7』のアレグレットのかなり直接的な反映のようにも見える。しかしベートーベン独自のものも見えるようだ。『第7』では、前の部分で執拗に反復される「四分音符+2八分音符のリズム」(譜例赤)は、世界の突然の変化にもかかわらず、バスでしっかりとキープされているのである。「楽想はあまりにも唐突に変えるべきではない。純粋に音楽として持続・統一が根底にあるべきだ」というかのようだ。ベートーヴェンの古典的な感覚といえるかもしれない。古典的な感覚といえば、第99、101小節のミ→ファ♯→ソ♯の音型だが、ファ♯はイ短調の旋律短音階第6音であり、イ長調の第6音でもある。イ短調とイ長調を共通音で微妙に繋いであるのである。
それにしても、ベートーヴェンの音楽がいかにシューベルトに深い影響を与えたかがわかる。即興曲ハ短調に似た歌曲として「ミニヨン」をあげたが、それらの共通の深いルーツにベートーヴェンがあるのように思えてならない。
ちなみにこれはパクリではない。アイディアを借りてきて、自分のスタイルに消化・表現するのは、作曲の基本でさえある。シューベルトはi偉大なるベートーヴェンの影響を受け、自分のものにすることができるほどの大天才だったということだろう。