「疾走する悲しみ」をめぐって―モーツァルト『40番』1

「モーツァルトの悲しみは疾走する。涙は追いつけない」と書いたのは小林秀雄だった。あまりにも有名だが、正確にいうと、アンリ・ゲオンの言葉を引用したのだった。彼の『モオツァルト』(1946年)はまた、よく知られた次のようなくだりで始まる。

……僕の乱脈な放浪時代のある冬の夜、大坂の道頓堀をうろついていた時、突然、このト短調シンフォニイの有名なテイマが頭の中で鳴ったのである。

僕がその時、何を考えていたのか忘れた。いずれ人生だとか文学だとか絶望だとか孤独だとか、そういう自分でもよく意味のわからぬやくざな言葉で頭をいっぱいにして、犬のようにうろついていたのだろう。―中略― 街の雑踏の中を歩く、静まりかえった僕の頭の中で、誰かがはっきりと演奏したように鳴った。僕は、脳味噌に手術を受けたように驚き、感動で慄(ふる)えた。……

客観的であるべき議論をこんな個人的な告白で始めるのはセンチメンタルだ、といった意見を読んだことがある。そうだろうか。個人に立脚しない認識があるかのように振る舞うのは、客観性という亡霊を見ているからではないか。またそうすることで、逆に、恣意的なものをもち込んでいる現実を見逃してしまっていはいないか。というのも、小林秀雄の「告白」はまぎれもない認識のありようを示しているように見えるからである。

われわれは真理を通す窓を隔てて外界と接しており、そこからとり込んだものをカテゴライズする(分ける)ことが「わかる」ことである。これを認識のア・プリオリな原理としたのがカント的な認識論といえようか。要するに、われわれはわかることしかわからないというのである。しかし小林秀雄のはそうではない。モーツァルトは「窓」を突き破ってわたしに侵入して来る。認識は衝撃である。そしてそれはわたしの物の見方や思考、価値観の体系、要するに、わたしそのものを根底から揺るがす。

つまり、わたしと対象とを隔てていたものが一挙にとり払われる瞬間がある。そうした状況を誘発する原因、あるいは危機はわたしの側にもあったに違いない(「僕の乱脈な放浪時代」とある)。いずれにしても、戦後の道頓堀と18世紀末のウィーンが稲妻のように交差する瞬間が発生することはある。カントは数学的な認識の普遍妥当性をいったのだったが、対象との衝撃的な一体化がなければ、時空を超えたあらゆる歴史認識や他者理解は不可能だろう。この認識方法を直観といっておこう。

直観によって、直観によってのみ、わたしにわかるものを無自覚的・恣意的に組み合わせるだけの「何とか論」を超えることができる。直観は何よりも全体を把握する。そこからこそ分析が始まるのである。

だから小林秀雄の「告白」は、わたしにとっては、「本物」の証なのである。

彼方からの恩寵の響き

シューベルトの言葉もモーツァルト好きには身にしみるほどよくわかる。モーツァルトは彼のアイドルだった。弦楽五重奏曲ト短調K.516について、シューベルトはこう書いている(1816年6月14日の日記)。

……生の暗黒にあって、この音楽は明るく、晴れやかで、美しい彼方を指し示してくれるのだが、私たちの希望と確信はまさにそこからやって来るのである。おお、モーツァルト、不滅のモーツァルトよ、きみはより明るく、より善い生活についてのイメージを、絶えることなく、どんなにか豊かに、私たちの魂に刻みつけてくれたことか!

『モーツァルト頌』より引用。ただし訳には少し手を加えた。役者の了解を請う。

モーツァルトの音楽は声高に、鳴り物入りで、人生を謳歌する音楽ではない。安っぽいプラカードを掲げる人生応援歌でもない。それどころかその音楽の基調は悲しみだという。ところが現実という闇を照らす「希望」でもあるとはどういうことか? ミューズに憑かれ、人知れず、31歳の若さで死んだシューベルトにはそのことが人生の支えでさえあった。

ひとつのヒントはモーツァルトの手紙の中に垣間見えるかもしれない。1781年、ウィーンで、ジングシュピール『後宮よりの逃走』の作曲中、ザルツブルクの父親に宛てて数多くの手紙が書かれた。9月26日の手紙には、こうある。登場人物の一人、野蛮人オスミーンの音楽についてである。

……オスミーンの怒りがますます激しくなっていって ― つまり、アリアがもう終わるかなと思うところ ― アレグロ・アッサイが ― まるで別の拍子、別の調性になるので、まさに最高の効果をあげるにちがいありません。というのは、人間がこんなに激しく怒ると、あらゆる秩序や節度や限界を超えて、我を忘れてしまうからで ― 音楽も同様に我を忘れてなくてはなりません。― しかし、激情というものは、それが烈しくあろうとなかろうと、決して嫌悪感を催すほどに表現されてはいけません。そして音楽はどんなに恐ろしい場面でも、けっして耳障りであってはならず、やはり楽しませなくてはなりません。つまりつねに音楽であることが必要です。そこでぼくは、(アリアの調である)ヘ長調と無関係の調ではなくて、近親調で、しかももっとも近いニ短調ではなく、もう少し遠いイ短調を選びました。

『モーツァルト書簡全集Ⅴ』海老沢敏訳、1995年、144頁。

感情表出や場面描写のために、音楽の効果を無制限に行使すべきではないというのである。どんな時でも、音楽はおぞましい響きに堕してしまったり、騒がしい騒音と化すべきではない。音楽は音楽の則を超えてはいけない。音楽であることの則とは、聴く人間がいるということ、そして音楽の尊厳を保つということである。

これはモーツァルトが宮廷や教会のために書いた旧世代に属し、素人にとって耳あたりのいい曲だけを書いたというのとは、全然、違う。本人が書いているように、「耳を楽しませること」と「音楽であること」が深いところで一致しているというレヴェルでのみ理解できるのである。またここに「真実をいうために、破ってはならない美の法則はない」といったベートーヴェンとの決定的な違いがある。美の法則を破る真実をいうのは自我だが、モーツァルトには自我の抑制、あるいは自我の暴走への警戒があるということなのである。なぜなら音楽は作者の自己表現の手段である以上に自律した芸術だからである。

他への配慮、自己の抑制はモーツァルトの美学の最深部に根ざしている。だから彼は形式という型を重んじ、表現を昇華させた。普遍的な美という領域で思考し、音楽の裸形へと迫った。ところでモーツァルトにそうさせているものは何か? 人間への、音楽への愛ではないか。まあ何と呼んでもかまわないが、それこそシューベルトのいう「希望」であり、「より明るく、より善い生活についてのイメージ」なのだろう。

二面性の統一

シューベルトはあの暗いト短調弦楽五重奏曲の響きに「明るさ」を聴いたのだった。ここに何か矛盾するものが暗示されていないだろうか。確かに多くの論者はモーツァルトに相反するもの、二面性を強調する。人間と音楽家の間の分裂、此岸と彼岸の間を揺れている。時にはおちゃらけた遊び人と神に愛された天才を見る。その落差が大きいほど才能の度合いも上がるといった方程式は、すでにワーグナーも提示していた。モーツァルトはストーリーなんかどうでもよく、台本を丸呑みして、音楽を吐き出した。その音楽の無上の美ゆえに、わたしは彼を愛する……といったところだ。実際はモーツァルトはかなりの台本を読み漁っており、シュークスピアさえ批判の対象にした。

そうした面白おかしい天才論はともかくとして、純粋に音楽の中にも二面性が潜んでいるのかもしれない。シューベルトが指摘したのはまさにそのレヴェルでの短調作品の明るさだった。モーツァルトの長調は「悲しい」ともいわれる。次の交響曲40番についてのウリビシェフのすぐれた評論はどうか。

この作品は、同じ調の弦楽五重奏曲と同様、不安な情熱、烈しい憧憬、不幸な愛の悲しみを表現しているが、異なるところは、この曲には呻吟によって満たそうとした全世界を前にして、突如として現れた、怺(こら)えきれない、限りない苦悩に対する魂の奥深くに押し隠された、あるいはせいぜいのところ親しい友の胸に吐露された嘆きがみられることである。

海老沢敏『変貌するモーツァルト』2001年、65頁。

弦楽五重奏と交響曲の根本的な違いは、それぞれの作品が属するジャンルの差異でもある。室内楽はあくまでも親密なサークル内の音楽であるのに対し、交響曲はより開かれた聴衆に向けた音楽である。少なくとも前者はパーソナルに傾いているのに対し、後者は完全にパブリックな音楽である。たとえば小さな集団でのお喋りと大きな集会での演説では話し方も、話す内容も必然的に異なる。

そしてジャンルの概念に誰よりも厳しかったのがモーツァルトだった。しかし『40番』には驚くべきものがある。交響曲の原型はオペラの序曲であり、ファンファーレ的な騒がしい音楽だったことを想い起こせば、『40番』の出だしの革命性は明らかである。それはともかくとしても、弦楽五重奏曲との比較でも、『40番』は行くところまで行ってしまったようだ。五重奏のフィナーレでは何とかト長調に転じている。つまり短調の悲劇の霧はかなり深いのだが、最後でかろうじて陽が射してくるのである。ところが交響曲は最後まで真っ暗である。疾風怒濤のフィナーレはハッピー・エンドの望みにとどめを刺す地獄落ちの音楽である。五重奏曲ではまだあった聴き手への配慮ともいえる慰めは完全に断ち切られているかのよう。

ウリビシェフはまさにそこに弦楽五重奏との違いを見た。そして『40番』の特質を看取したのである。交響曲は開かれた世界観を表明する場である。ところが彼は『40番』にジャンルの概念に背くようなパーソナルな閉じた表現を見たのである。だから隠された底知れない苦悩を指摘した。ここにまず矛盾がある。しかしそれが「こらえきれずに」出てしまった、というのである。

別のいい方をしてみれば、「隠す」を内側へのベクトル、「表出する」を外側へのベクトルだとすれば、2つが拮抗し、ついに外へのベクトルが優勢となったとでもなるだろうか。この力学が問題なのである。たとえ表面的には「表出」と見えるとしても、実は「こらえるもの」「出さないように抑えるもの」が内在する・しないでは全然意味が違う。

そしてこれらの力学の関係性を二面性、あるいは矛盾する要素の統一としてとらえるところに『40番』の作品理解があるのだろう。