千両役者が見得を切る―モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調
モーツァルト最初の短調のピアノ協奏曲。冒頭から緊迫感溢れるただならぬ気配。すぐにトゥッティが爆発し、ドラマティックな展開。かっこいい。
こうして完璧にレッド・カーペットが敷かれ、いよいよ女王様のピアノの登場。こんな時にどうやって千両役者を出すの? スポットライトを浴び、期待が器からこぼれんばかりの一瞬に、どんな音楽が可能だろうか?
明らかに、こんなところに作曲家の力量が最大限に発揮されるはず。モーツァルトの回答はこうだった(譜例)。
まず右手に「ため息」の2度 E-D をともなう音型が出るのだが、2度目は四分音符1個が八分音符2個に分割される。3度目はさらにリズムが細分化、そして4度目はほとんどリズムが溶解。
左手はずっと同じなのだが、右手は音楽の進行ととも、息づき、活気づき、前進衝動に駆られているのがわかる。この前進衝動が行き着くのは、赤い矢印で示した頂点の F だった。これモーツァルトの時代のピアノフォルテの最高音。そこから下行する時、必殺の増2度が出る(譜例青)。増2度はすでに前のフレーズの繋ぎに出ていたのだが、ここで決定的となる。
増音程は西洋音楽では耳につく、まるで亀裂が走ったような音程だが、そこから訴えるような、心の裂け目からの嘆きが閃く。モーツァルトか感情の表出のポイントで使った音程である。それがほかならぬここで‥‥‥。
理論的な完璧さに、ちらりと主観的なものがにじみ出る。女王様が「見得を切る」瞬間だった。この後、16分音符の動きへと移り、最後はオーケストラの一撃へなだれ込む。完璧。期待を裏切らない、いやそれ以上の登場ではないか。