西洋と非西洋、理想と現実を結ぶ―ビートルズ「キャント・バイ・ミー・ラヴ」

60年代初頭のポップスのぬるま湯に浸かっていた者にとって、ビートルズのサウンドは衝撃的だった。明らかに、そこには当時の流行歌とは一線を画する何かがあった。一体、彼らは何をしたのか。第4シングル「キャント・バイ・ミー・ラヴ」から探ってみようか。

曲は1番・2番・3番と歌詞が変わるヴァース部分と「愛はお金じゃ買えない」と歌うリフレインが交替する。ヴァースはブルース形式を快速調にしたロックン・ロール。しかし50年代だったら、歌詞を変えてヴァースを何番もただ繰り返すだけだった。ロックン・ロールがあっという間に衰退した理由も、このプリミティヴな単純さにあったのだろう。まあロックンロールはダンス・ミュージックだったからそれでもよかった。

だがビートルズはただの反復、繰り返しの間に、ヴァースとは異なる一節を入れた。反復句であるリフレイン、あるいは「サビ」と呼ばれるブリッジである。こうした発想は西洋音楽の流れを汲む白人のポピュラー音楽に由来すると考えられる。つまりビートルズの音楽の立脚点の片方はブルースに代表される黒人音楽にあり、もう片方は白人音楽にあった。またこういういい方もできるだろう。それは踊る音楽と聴く音楽の融合でもあった。

「キャント・バイ・ミー・ラヴ」では、まずリフレインが冒頭に出され(先出の「シー・ラヴズ・ユー」と同じ)。それからヴァースに入る。コードはこうなる。

  リフレイン:Em Am Em Dm7 G6 
  ヴァース:C7 F7 C7 G7 F7 C7

リフレインの最後Dm7ーG6はいわゆる2-5で普通のカデンツ。つまり西洋音楽なのだが、EmとAmは旋法っぽくもある。最後の6のコードはジャズ風ともいえる。そしてヴァースは典型的なブルースである。これって、いろんなジャンルの音楽の「いいとこどり」じゃないか。

良識ある作曲家なら、こんな様式の混交はありえない、というかもしれない。事実、西洋音楽とブルースが、直接、接合されたため、前者の本位ミ(譜例 青)と後者のブルー・ノートの♭ミ(譜例 赤)が頻繁に交替する。ブルー・ノートはヴァースの♭シにも見られる。途中のリフレインでは交替の頻度がさらに増え、フレーズごとにナチュラルとフラットが入れ替わったりもする。ちなみにクラシックではこれは「対斜」といい、美しくない進行とされる。

ところが、教養で身を固めた作曲家には想像もつかない様式の並置から、とんでもなく「かっこいい」サウンドが生まれた。時にはお勉強が邪魔になるのかもしれない。それは時代を動かすサウンドだった。

で、「キャント・バイ・ミー・ラヴ」は何が歌われていたのか。

曲の基本テーマは、3つのヴァースの最後のライン“ money can’t buy me love”にあることはいうまでもない。直訳すると「お金はぼくに愛を買ってくれない」「ぼくにはお金じゃ愛は買えない」となる。Can’t Buy Me Love はこのフレーズからとられた。

愛をお金で買うとは、とんでもない。愛はより崇高な、物質世界を超えた何かであるのだから。ここでわれわれは典型的な白人の大衆商業音楽世界に身を置くことになる。アメリカのポピュラー音楽の源泉ともいえる、スタンダードで歌われるのは、完全な理想の世界である。そこでは愛は永遠であり、星たちは調和し、花々が咲き乱れる。それに対して「お金」は物質世界の象徴にすぎない。

しかし歌詞は進む。
  1番 友よ、きみがよろこんでくれるなら、何でも買ってあげる。
  2番 そんなに多くないかもしれないけど、きみにあげるよ。
  3番 ダイアモンドなんていらないっていってくれれば、ぼくは満足
「だってだってお金なんかどうでもいい。お金で愛が買えるわけじゃなし」。 

この曲が求愛の歌であることはよくわかる。しかし最初と最後では「愛はお金で買えない」に当たる照明がだんだん色あせているのに気づかないだろうか。そもそも1番では「友よ」とか何とかいっておきながら、2番では「愛してるといってくれるなら」と条件をつけたりもしている。図々しさはだんだん高じ「ぼくにあげられるのはお金のかからない愛だけ」というのが見え見えとなる。そして体のいい「キャント・バイ・ミー・ラヴ」。

明らかに、文学的ないい回しを安っぽく、ずる賢く弄して、お金が無いことをいい訳しているとしか見えない。平ったくいえば、ぼくには何かをプレゼントするお金がない、それが現実だということ。つまりこれはブルースの世界ということになる。ブルースは完全な世界どころか、現実との軋轢が引き起こす苦渋や闇の部分をさらけ出す音楽である。「キャント・バイ・ミー・ラヴ」は愛の理想を歌うように見せかけて、「人生はそんなに美しくも単純でもない」といってるかのようだ。

ビートルズの音楽がそのころのポップスのぬるま湯的サウンドと一線を画していたのは、ブルースの要素をとり込んでいたからだったのである。しかし同じことは歌詞の世界でもいえる。「キャント・バイ・ミー・ラヴ」では崇高なスタンダード的世界から出発し、「愛は買えない」という呪文を繰り返しながら、ブルース的現実をとり込む。やはり内容的にも白人音楽と黒人音楽の融合、すなわち理想と現実を結ぶ構図が彼らの音楽を新しく、そして永続的なものにしていたのであるる。