ビートルズはドビュッシーを知っていた?―「アスク・ミー・ホワイ」の I love you

ビートルズの第2シングル「プリーズ・プリーズ・ミー」のB面はこんな風に始まる(譜例上)。「アスク・ミー・ホワイ」である。

これを見て、どうお思いだろう。古典的な和声法に身を固めた方なら、「ひどい」「これはないだろう」と思われるかもしれない。「無教養丸出しだ」などと。確かに和音の根音と第5音の完全5度が並行して動いており、いわゆる平行5度とか連続5度とかいわれる禁則である。こんな初歩的な規則を破っていては、「和声学」の単位はとれない。

でもこれがキレイに響くのである。それどころか、古典的な和声法に反旗を翻した近代の作曲家たちの、ひとつの武器ともなったのだった。譜例下はドビュッシーの「沈める寺」だが、「アスク・ミー・ホワイ」とそっくり。

たちこめる霧の中に、海から浮かび上がった大伽藍から響きわたる聖歌。ドビュッシーはその荘厳で神秘的な響きを再現するために、平行和声を用いたのだった。そもそも平行5度・8度の進行は中世の多声音楽のハーモニーだった。ルネサンスが根こそぎ追放してしまった響きである。だから伝悦のちょっと異様で不可思議な響きの感じを出すために、平行和声を使ったのはきわめて妥当だった。ただしドビュッシーはそこに3度を加えて、三和音の平行とした。

現代の耳にも対応し、しかも古典的和声に慣れた耳には新鮮に、そして少し新奇に響くようにしたのだろう。それは不可思議な甘美さを醸し出す。

ビートルズの「アスク・ミー・ホワイ」をもう一度見ていただきたい。歌詞には “I love you” とある。ポップスでは使い古された陳腐な決まり文句が、平行和声によって魔法の言葉に蘇ったようだ。そう、I love you は耳慣れた常套句じゃない。より深い、感動を秘めた言葉なのである。これを見たレナード・バーンスタインは「天才だ!」といったとか。さすが。