モーツァルトだって考えた2―弦楽四重奏曲ニ短調K.421

『ハイドン・セット』第1曲、弦楽四重奏曲ト長調K.387は、モーツァルト渾身の作曲だったに違いない。全楽章が「重い」ソナタ形式で書かれ、第4楽章にはフーガを配した。全体的に対位法的な書法が目立ち、明らかに、この時期の「バッハ体験」が色濃く反映している。モーツァルトがバッハから受けたのは「ポリフォニーなしに音楽の深化はありえない」という衝撃的な認識だったろう。同時期のジングシュピール『後宮よりの誘拐』K.384について「音が多すぎる」といったヨーゼフ二世の批評は、確かに正鵠を得ていた。

ただし、今回は、1773年のニ短調四重奏曲K.173のフィナーレのように、終楽章を丸ごとフーガで書くことはしなかった。ハイドンの『太陽四重奏国集』作品20(1772年)の直接的な影響だったろうが、9年後は、ただ大家に翻弄されるだけではなかった。第1主題はフーガ的に展開されるが、第2主題はうって変わってホモフォニックな書法となるのである。モーツァルトはフーガをソナタ形式に組み込もうとした。伝統的な語法を同時代のスタイルと形式に溶け込ませようとしたのである。

モーツァルトが究極的に志向したのは、水と油ともいえるポリフォニーとホモフォニーの統合にあった。その意味では、ト長調四重奏曲K.378におけるポリフォニーの浸透度はまだ高くない。『ハイドン・セット』の後半について、レオポルト・モーツァルトが「ずっと軽くなった」というのは、この「浸透度」の深まりを意味するのにほかならないだろう。

第1作への反省から

第1作を完成して、第2作に向かった時、モーツァルトは考えたに違いない。「もうちょっと、肩の力を抜こうか」とか。何といってもト長調弦楽四重奏曲は全力投球の感がある。たとえば主題の数、その多さ、である。これは全楽章をソナタ形式としたための必然でもあった。特にメヌエットの主部とトリオさえ第2主題的な楽想が置かれる。これはちょっとやりすぎではないか。さらに第4楽章では第1主題と対位法的に組み合わされる副主題まであり、加えて真の第2主題が現れる。前の「モーツァルトだって考えた1」では、譜例を10あげたが、主題の数は、実際は、それにとどまらない。

第2作では、モーツァルトは主題の経済性を高めようとしたに違いない。数を減らすのである。主題がいくつもあると、多様性が高まるが、その分、統一が難しくなる。それに、何といっても、第1作だけで2曲分くらいの主題数である。有効に使えば、作曲の生産性・効率性も高まる。ちなみに、『ハイドン・セットの』の中で、少ない主題を活用し、しかも多様性を損なわない方向を徹底的に推し進めたのは、第5作のイ長調四重奏曲K.464だろう。ベートーヴェンが好んだというのもうなずける。

ニ短調四重奏曲K.421のアプローチはこうだった。まずフィナーレ楽章を、ソナタ形式ではなく、変奏曲とした。変奏曲だから、主題はひとつで、多彩に変奏されることで、まさに多様性の統一が獲得される。多主題的でフーガをとり込んだ第一作とは真逆の発想であり、構築的というより、並列的な構造となる。

第3楽章メヌエットも主題が削ぎ落とされる。前作ではメヌエット主部2+トリオ2だった主題数は1+1となり、軽減化が進む。

問題は第2楽章のアンダンテである。モーツァルトはここでABAの三部形式を採用したのだったが、普通ならAとBの2つの主題が必要だったはずである。ところが、モーツァルトとしては希なことに、Bの部分の素材もAから引き出した。下の譜例の赤の部分を反復・変奏・展開して、中間部のコントラストをつくり出す。

ここで楽章を構成する素材となる音型(譜例赤)が「分散和音」と「同音反復」から成ることは記憶しておいてよい。

素材が多いと統一が難しくなるかもしれないが、逆に、素材が少ないと、統一はたやすくなるものの、単調さに陥る危険性が生じる。音楽は多様性と統一の戯れなのである。単一の主題と動機によって構成されたこのアンダンテが、若干の単調さに傾くことがあるとしたら、構造からの必然でもあっただろう。

アンダンテで採用された方法、すなわち単一主題的な構成法は、モーツァルトとしてはかなり希である。またメヌエットでの主部-トリオ各主題1は特に珍しくはない。そしてフィナーレとして変奏曲を採用することは、この曲以後の弦楽四重奏曲、および弦楽五重奏曲では二度となかった。これらのことが散発的に起きたなら、それは偶然でもありうる。しかし、3つが同時に生じたということは、根底に主題の経済性を高めるという意図を想定しなければなるまい。

結果として、前作に対して、少なくとも4つの主題が削ぎ落とされることになった。

考える天才

ニ短調四重奏曲の基本的な方向性が前作のト長調四重奏曲への自己評価と反省から出ているのは明らかである。つまり分析的な思考から出ている、ということである。そしてその結実が第2作だった。またモーツァルトの意識的な作曲は主題法にも見られる。次に第1楽章の第1主題と第2主題を引用する。

ここで思い出しておきたい。第1作ト長調では第1主第を「分散和音」、第2主題を「同音反復」で、計画的に統一していた。こういう偶然の一致が全楽章で起きる確率は0に無限に近いだろう。だからこそ、そこに意識的操作を想定するしかなかったのだが、次作はそれを確信させる。なぜなら第1主題は「同音反復」で始まる。第2主題は細かい音でなぞり、装飾されているが、骨格は「分散和音」である。つまり前作の構想をひっくり返しているのである。

さらにメヌエットは主部とトリオの2つの主題からなり、それぞれを引用する。

明らかにメヌエット主題が「同音反復」、トリオ主題が「分散和音」である。やはり前作の「分散和音」-「同音反復」の逆をいっている。ここまで来ると、偶然説は完全に消滅するかに見える。ト長調四重奏曲でやっていたことを、次作でひねりを加えて継承することで補完し、モーツァルトの創作における意識的なものを決定づける。

しかし残りの2つの楽章は単1主第の楽章だった。そこでどうしたか。下は第4楽章フィナーレの変奏主題である。

まず「分散和音」で出て、後半は「同音反復」ではないか。これは2つの要素を結合させているようだ。2つの主題の楽章では「同音反復」→「分散和音」で構成するが、1つの主題の楽章では、主題の中に両方の要素を併せもつ。これはすでに引用した第2楽章アンダンテ主題でもいえる。

モーツァルトが「考えている」ことは明白だが、「だから偉い」といっているのではない。しかし「考えていないのに名曲を書けるから天才だ」といった意味不明の、しかし面白おかしく流布している天才観への反論が、作品側から、必要だろうと考える。『ドン・ジョヴァンニ』序曲を一晩で書いたのを天才への驚きととともに語られる。しかし、たとえば原稿を依頼されて、すぐに書き始めるのではなく、素材や構成を頭の中でねかせて、蒸留させるということはありうる。それどころか普通といっていい。それを「考える」といっているのである。モーツァルトも『ドン・ジョヴァンニ』の作曲に苦闘しているさ中に序曲の構想が浮かんでいたはずなのである。あとはそれを紙に移すだけだった。

また主題が統一されているから名曲だというのでもない。ひところ流行った音型の関連づけを「アナリーゼ」と称する気さえない。ただ「無意識の天才」の意識の軌跡を辿るために、主題形成の背後にある意志的なプロセスを確認したのである。時にはこうしたプロセスは創作を惰性化し、音楽を硬直化させることにもなりえよう。しかしそんな罠はモーツァルトには無縁である。音楽的思考とインスピレーションの天衣無縫の織りなしが、モーツァル真の真の天才なのだろう。